有機農業からリジェネラティブ農業へ

 

筆者 堀 純平

2.1【導入】世界各国に広がる農薬禁止の動き

2.2【本題・根拠】欧米で高まる「環境再生型農業」への気運

2.3【実例】日本におけるリジェネラティブ農業の事例

2.4【結論】木村秋則が提唱する自然栽培とは


世界の実情、日本の現実〜世界各国に広がる農薬禁止の動きと日本の緩和の動き?!

 

今、世界では農業の方式が変わろうとしています。

 

まずは2015年、世界保健機関(WHO)の国際がん研究機関(IARC)から出された驚きのレポートからご紹介しましょう。

 

そのレポートでは、世界で最も使われている除草剤「グリホサート」(通称:ラウンドアップ)を「ヒトに対しておそらく発がん性がある」としてグループ2Aに分類したのです。

まず米国では、消費者が製造元の農薬メーカー・モンサント社(2018年、ドイツ・バイエル社が買収)を訴える裁判が相次ぎ、米国内での訴訟は約125千件に上り、その賠償額は今後の和解も含めて最大約109億ドル(日本円で約15300億円)になる見通しとのこと。

しかし、米国環境保護庁(EPA)はその発がん性を否定し、製品への警告表示も認めていないという発言でした。ただ、消費者離れは避けられず、これを機に、フランスやドイツなどの欧州を中心に除草剤「グリホサート」の使用禁止や規制強化の声が高まっていくのでした。

 

さらに、海をまたぎ、欧州の欧州員会(EU)であったことです。

20184月、3種類のネオニコチノイド系農薬(イミダクロプリド、チアメトキサム、クロチアニジン)が、屋外での使用を全面禁止することを決定したのです。そして同年12月に施行されました。

 

 

最近、米国バイデン政権においても農薬使用の懸念が強まってきています。

20222月、子どもの神経発達症(発達障害)との関連が取りざたされている殺虫剤「クロルピリホス」全ての食品における残留基準値を撤廃したとのことです。検査で当該農薬が検出された場合、原則、廃棄又は積戻しとなることになります。

 

これが世界で起こっている大まかな動きと言えるでしょう。

 

その一方、日本はどうでしょうか。

そうした世界の動きとは逆行するようなことに至っています。例えば、2017年には一部の農作物においてグリホサートの残留基準を大幅に緩和してしまい、EUが屋外使用全面禁止にしたネオニコチノイド系農薬や殺虫剤クロルピリホスについても、世界各国と比べて残留基準が緩いのが現状なのです。

 

 

農薬不使用の有機農業が最適解なのか?

 

農薬の残留基準が世界各国で厳しくなっていく中で、欧米を中心に、有機農業の普及に向けた動きが加速しています。

そもそも有機農業とは、どんな農法なのでしょうか。

 

「有機農業の推進に関する法律」による定義によると、

 

1.      化学的に合成された肥料及び農薬を使用しない

2.      遺伝子組換え技術を利用しない

3.      農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減する

 

と定められています。従来の慣行農法では、環境負荷の大きい側面があり、こうした有機農業への転換が叫ばれるようになってきた訳です。

 

欧米を中心に有機農業への本格的な転換政策が打ち出される中、日本の農水省も2021年に「みどりの食料システム戦略」を策定し有機農業の拡大を図るなど、世界が有機農業の普及拡大に取り組み始めています。

 

しかし、世界でいち早く有機農業を推進してきた欧米では、そのような有機農業ももはや時代遅れだと言うのです。一体どういうことなのでしょうか。

 

これまでにも有機農業の課題はいくつも指摘されてきました。特に、収穫量の問題が未解決のままです。2016年に国際的な科学ジャーナル『Nature』で掲載された論文では、有機農業の収穫量と環境破壊の関係性が指摘されています。つまり、従来の慣行農法の収穫量と比べて平均25%低い有機農業ですが、慣行農法と同等の収穫量を確保するには農地を拡大する以外の方策がないこと。そして、それにより起こる森林破壊の増加を問題視しています。

 

欧米で高まる「環境再生型農業」への気運

 

そこで登場してきたのが「リジェネラティブ農業」です。

 

この農法は、「環境再生型農業」とも呼ばれ、土壌に有機物を増やし豊かな農地を再生させることで、自然環境全体の回復も図っていく農業です。同時に、土壌内の生物環境が多様化し、生態系の保全をします。つまり、収穫量を増やすために、農地を拡大したとしても、環境に悪影響を与えにくい土壌育成をする農法だということです。

 

[tcp1] 本来、大気と作物と土壌との間で炭素の循環が行われています。作物の光合成によって大気中の二酸化炭素が吸収され、土壌に蓄積されます。そして、それを土壌中の微生物が分解しまた大気中に戻します。

しかし、慣行農法では、肥料によって土壌に過剰に有機物が供給されることになり、その結果、微生物が有機物を分解して発生する二酸化炭素の量も増大し、温室効果ガスの排出増に繋がるのです。これが、慣行農法が地球温暖化の一因になっていると言われる大きなメカニズムです。

 

最近では、アウトドアブランドのパタゴニアやノースフェイスを筆頭に、世界の大企業もリジェネラティブ農業の拡大に力を入れ始めています。

また、食品メーカーのネスレは、2020年に気候変動に向けたロードマップを発表しました。そして2030年までに、リジェネラティブ農業によって生産された原材料1400万トン以上の調達とその需要の押し上げを行う試みをしています。

 

 

秋田の過疎地でリジェネラティブ農業の支援が始まる

 

実は、ここ日本でもリジェネラティブ農業の支援に取り組む企業があります。

秋田県にある「新政酒造」です。

 

1852年(嘉永5年)創業の酒造であり、8代目蔵元・佐藤祐輔さんは2015年、秋田県の山深い鵜養(うやしない)地区の農家に頼んで酒米の作付けを開始したそうです。翌年には水田を借りて自社栽培を始め、昔から慣行農法で稲作をしてきた鵜養地区の農家に驚きの提案をします。

 

「無農薬で酒米をつくってくれれば全量を買い取る」

 

佐藤さんの不退転の決意で無農薬栽培に取り組む姿勢は、鵜養地区の人々の心を動かしました。鵜養地区には30haの水田がありましたが、その半分以上、17haの水田は耕作放棄地でした。2016年当時、新政酒造の杜氏であった古関弘さんを農業責任者に任命。酒米の無農薬栽培への挑戦が始まります。全くの知識ゼロでのスタートは苦労の連続で、試行錯誤の末に辿り着いたのはなんと、当農学校でも実践する自然栽培農法でした。現在は鵜養地区30haの水田全てで耕作を行い、その酒米全量が無農薬となっています。

 

【参考】「日経クロストレンド」2022819日付記事

https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00643/00006/

 

木村秋則が提唱する自然栽培とは

 

当農学校の校長でもある木村秋則先生は、世界で初めて無農薬で「りんごの栽培」に成功し、化学農薬や化学肥料、除草剤に頼らない「自然栽培農法」の第一人者です。今やその自然栽培の普及のために世界中を飛び回っています。

 

当農学校では、りんごの他にもぶどう、さくらんぼ、ハスカップ、ブルーベリー、とうもろこし、なす、トマト、青唐辛子など様々な果樹・野菜の自然栽培に挑戦してきました。普段は、就労継続支援事業所リベラの利用者様が一生懸命に作物のお世話をして下さっています。また、農薬や化学肥料に頼らず育てられた果樹や野菜は、収穫したその場で食べることが出来ます。

当農学校にいらした際には、ぜひ、自然栽培で育てられた果樹や野菜本来が持つ味わいも楽しんでみてください。

 

さて、世界はいま気候変動の問題解決に苦慮し、農業においては、農薬や化学肥料を減らして或いは使わずに栽培する有機農業を進めていく流れにあります。さらに、リジェネラティブ農業という農法も出てきました。まさに、当農学校の校長・木村先生がこれまでずっと提唱してきたことです。

 

「農薬も肥料も何も与えていないのに、山の木は生命力に溢れている……」

 

木村先生が無農薬でのリンゴの栽培に成功するヒントを与えたのは、圃場の先に悠然と立つ岩木山の姿でした。雑草や落ち葉、虫、動物の糞など、自然のものが互いに影響し合いながら、栄養が山々を循環し生き生きとした状態を見せています。当然のことながら、農薬も除草剤も化学肥料も、自然の山々には存在していません。

 

最後に、木村先生の有名過ぎる書籍『奇跡のリンゴ』での一説をご紹介して締めることにします。

 

「リンゴの木は、リンゴの木だけで生きているわけではない。周りの自然の中で、生かされている生き物なわけだ。人間もそうなんだよ。人間はそのことを忘れてしまっていて、自分独りで生きていると思っている。そしていつの間にか、自分が栽培している作物も、そういうもんだと思い込むようになったんだな。」

 

時代を経て技術が進歩し便利になる世の中であっても、私たち人間も、自然とともにあることを忘れてはいけないのではないでしょうか。